昔から、一冊の本にまとめられたエッセイが苦手でした。
短い文章で書かれてたくさんの話題があることが、苦しかったのだと思う。要するにそれぞれ前後に関係ない話題が、一つの本にたくさんあり、脳が処理しきれないのだと思う。小説の短編のような、ある程度の長さがあるものが連なっているならば読めるのですが。
今でも話題が切れ切れに沢山あるご本は苦手で、読んでいて、いきなりそういう構成になるとそこで、読むのをやめる場合があります。
いやもしかしたら話が一つ終わったのにまたもう一つあって、それが終わってもまだある、という形が、無限地獄のように、果てのなさを感じて、精神的に疲れるというのもあるのだとも思う。
そのように面倒さを感じると共に、
「読まなければならない」という強制力を勝手に感じてしまい、結果、読めないのです。
ぼくは、大ボリュームとか、どこか苦手なところがあります。すごく手の込んだ4時間ある映画とかもきつい。
たくさんの量はたいてい使いきれない食べきれないし、とても分厚い小説も拘束感を感じるから買わない。
ただ、とても長い映画のロードオブザリングは楽しかったなあ。
同じように長いオペラのDVD「ニーベルングの指環」は、苦痛でしかなかったけれども。
昔していたテレビやアプリのゲームもイベントをこなしていくのは強制力。ぼくは、「ウィザードリィ 」のような(イベントという)雑音? の少ないゲームが好きだった。物語に関するブログを書くのだけどゲームはシステムを重視していました。
つまり、強制力や拘束感を感じるのは、ぼくにとって、無理やり見たり読んだり使ったりしなければならないものなのだと思う(興味のないYouTubeの番組を見なければならないとか?)。そういうのは、こなすために努力が必要で、「しなければならない」という意識が生まれるというかたちです。
これらは、なるべく生活に加えずに、ストレスを少なくいきたいものです!!
あなたも、もしかしたら、無理が習慣化してませんか? それに気づいていないのでは?
自分の普段していることを見回してみて、本当にやらなければいけないこと以外で拘束してくるものは、なるべく手放してみては。生活にゆとりが生まれるかもしれません。
生活に余裕は大切ですね。
お金の余裕。
環境の余裕(お部屋の整理整頓など)。
人間関係の余裕。
だいたい、よくないことが起こるときって、
この余裕を失ってしまっているときではないですか?
お金は、無理なく生活をするくらいには。
環境は、小さなことに心を乱されにくくなります。
人間関係は、究極、1人で生きていくと決めたのなら、孤独でも、気持ちが平穏ならば。変に依存してしまう、させてくる人とは離れた方が良いと思います。
今回は以上になります。
若いかたにも大人のかたにも、今日、いま、
あなたの青春の時間に参加させていただいたことに感謝いたします。
それでは、また!