理不尽という言葉では納得いかない。そんな魂の締め付けに作品は、よりそう。(天使たちの都市 チョ・ヘジン 呉華順 訳 新泉社)

小説

天使たちの都市 
チョ・ヘジン 
呉華順 訳
新泉社

「幸福はどれも似ていて、不幸はそれぞれである」

という、トルストイの「アンナ・カレーニナの法則」と呼ばれているものがあるらしい。

「天使たちの都市」では、マイノリティの人が多く登場します。過酷な生活があり、何かを失った状態です。

短編集です。その中から、ぼくに印象深かったふたつのご作品をご紹介します。それぞれ、おおまかなネタバレになります。読むたのしみは奪いません。

インタビュー

(あらすじ)

あらすじ

ショーウィンドウの内側のキッチンのあるモデルルームで生活している女。

ナターリアと呼びかける。

(それは)だれ?

あなた。

ヴィクトル・ツォイという人(ロシアのキノーというロックバンドのボーカル)が好き。ツォイというのは私の姓チェのロシア式発音。

あなたはナターリア・ツォイ?

ウズベキスタンではよくある名前よ。

高麗人。ロシア語しか話せない。ウズベク語ができない(できても)少数民族は、迫害される。

そこでは、人は、昨日は官僚で今日から農村で働く。大金持ちが一夜で無一文にさせられた。

ことばをもたないから。

生きるために、韓国に来たけど、この国の言葉が話せない。

ずっと、迫害されてきた身の上話をする。

ナターリアっていったい誰?

あなたよ。

ああ、ナターリア・ツォイ?

そうよ。

彼女は、ロシアから社会主義建設の思想で生まれた国のなかの、少数民族です。

高麗人。もともと朝鮮半島にいた民族です。19世紀は国政の混乱により、20世紀には戦争で日本とロシアの板挟みになり、離散した。ウズベキスタンの高麗人たちは、旧ソ連(スターリン)に強制的にそこへ送られ、また、ロシア語を話し、多くは、ウズベク語を話せません。ウズベキスタンはその後、独立し、イスラム文化とウズベク語などに文化の方向を変えました。高麗人たちの生きづらさを思います。そのため、彼らは、ロシア(言語的に)や韓国(ルーツ)へ移住を望むそうです。(論文「多国家市民」 としての高麗人研究 「多共和国ソビエト連邦人民」 からの変遷 申 明 直 また他を参照にさせてもらいました。※当ブログ「賢い物語」の記事に誤りがあればそれは、管理人アリサカの責任です)。

ウズベキスタンの高麗人を写真に撮り続けたカメラマンがいます。アン・ビクトル。1947年、ウズベキスタンに生まれました。現在ご存命かは、ぼくの検索力ではわかりませんでした。ヨーロッパでの評価も高いかたなのだそうです。

彼は写真を撮り続けながらこう言います。

「この記憶の受け取り手が見つからない。その記憶を送り出すべき未来が見えない。」

追放の高麗人 姜信子:文 アン・ビクトル:写真 石風社 より抜粋


とうぜん、「天使たちの都市」の著者チョ・ヘジンも、この物語を書く上で、彼の言葉を意識したと思う。もしくはその言葉がインスピレーションになったかもしれません。

なぜなら「インタビュー」という物語は、聞き手がナターリアに色々質問しますが、こたえる彼女の言葉はどこに投げかけられているのでしょうか? まるで(大きくは、民族のことであるとはいえ)個人的な、悲しい話を。

家族すら遠く、そして、ナターリア・ツォイとは誰の名前だろう? 匿名にされたものの言葉なのである。そして匿名にしているのは何も、彼女自身がしているのではないのです……。

記念写真

(あらすじ)

男は冤罪で刑務所に入っていた。真犯人が見つかり出所するとき、帽子とサングラスをかけ、それをずっと着けている。いま、写真を撮る仕事をしている。不倫の証明のだ。カメラに興味はあったが、これは、楽しい仕事ではない。

男は同じマンションの元舞台俳優の女が好きだった。目を悪くしているらしい。彼女は、もう、表舞台に立つチャンスはないのだ。

女とぶつかる男。その後、彼は腕に彼女の手を置かせ、自宅まで送り届けた。

彼は、別の日に女の横に同じように座る。サングラスを外し女にかけてやる。2人一緒の写真を撮る。男の初めての記念写真。

人生に失敗せざるを得なかった、男と女の、出会いです。男はボイスレコーダーで偶然にであう女の声を録音し聞いていた。女はもう、自分の顔に上手く化粧もできない。それぞれに、やるせなさがある。

刑務所を出るとき看守は男に言いました。

「(ここでのことなんか)忘れた方がいい、人の記憶なんてどれも出鱈目さ。」

男は他者から勝手な記憶を作られ、

女は自分の栄光の記憶から離れられない。

記憶は誇張される。

二人は、出鱈目に不幸にされて(して)いるのです。

過去に囚われた人間は、どうしても不幸だ。男は女に告白などせずレコーダーに声をとるだけで満足していた。女は部屋の中で美しいドレスを着てもはや誰にも見せない踊りを踊るだけ。

男は前を向かなければならなかった。

女は過去を忘れなければならなかった。

サングラスが男から女に渡されたのは、至当でありました。

語りのミニシアター

アリサカ
アリサカ

この短編集は、

登場人物がリアルに都市に生きてる

そのディテールに脱帽でしたよ。

シノ
シノ

うん。描写が、すてきよね。

みんな、上手く生きては

いけない人たちばかり。

 
物語において、

彼らは何かを悟るのよね。

そうですね。

自分の境遇とその感情に

向き合ってるようでした。

 
過去に憎しみをいつまでも持ってるよりは、

健康な人間性です。

そういうところが

著者のチョ・ヘジンさんの優しさの根が

あるのかなって思うのね。

というと?

うーん、

悲しみや怒りをとことんまで感じたら、

あとは、それを受け入れるしかないじゃない? 

そうできない場合もあるけれど。

 
ここを乗り越えられないと、人は誰にも優しくできないよ。

優しいふりはできてもよ。

 
そのように物語を書けることに、

著者の人間性を思うの。

そしてそれが、物語全編に流れている、かな。

なるほど。

いいですね。 
 
だから、

人生を失敗したことが書いてありながら、

登場人物を包み込むような

柔らかさがあると感じたのかもしれません。

そ!! この本、好きだわ。

ぼくもです!!

管理人
アリサカ・ユキ

ぼくはずいぶん長い間とても弱かった。勝手な自己主張の上手い人たちに、いろんなやり方でいいように扱われていました。

物語からほんとうの強さというものを知りました。それは、なにかをわかること、そして、それへのやさしい想像力で得ることもできる、ということ。ぼくは卑怯な人に抵抗できるようになった。優しい人の味方になれるようがんばれるようになった。

あなたを翔けさせる素晴らしい物語たちを伝えたいです。

毎週、月曜日の更新を心がけます(変則的になる場合があります)。

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管理人はトランスジェンダーであり、トランスエイジです。

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